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聯合艦隊浮上ス!!(6) [日本海軍]

「東郷平八郎 世界海戦史上未曾有の大勝利をもたらした比類なき「戦闘意志の徹底性」

(SAPIO 2010年1月4日号掲載) 2010年1月7日(木)配信

文=小堀桂一郎(東京大学名誉教授)

織田信長から山本五十六まで日本史上最強の戦争指揮官は誰か?今回、本誌は読者521人と識者52人にアンケート企画を行ない、「日本史上最強の戦争指揮官」を決定した。1位となった東郷平八郎を通して見える「最強の日本人の条件」を小堀桂一郎氏が解説する。

東郷平八郎を国史上最強の戦争指揮官であるとの見方を取る場合、その多くが、結果を見ての判断で取り敢へず、といふことになるのではあるまいか。筆者自身もかうしてよく考へてみる機会を与へられるまではただ漠然とさう思ひこんでゐたやうである。

 それほどに、明治三十八年五月二十七日の午後二時過、対馬海峡沖ノ島附近で開始された日本海々戦での日本聯合艦隊のロシア・バルチック艦隊に対する勝利は決定的だつた。簡単に結果だけを見ておくと、航行してきたロシア艦隊三十八隻のうち十九隻が日本側からの砲撃と水雷攻撃で撃沈され、五隻が降伏・捕獲、戦闘水域から逃走してウラジオストックに入港できたのは巡洋艦一隻、駆逐艦二隻だけだつた。残余の艦は中立国の港に逃げこんで武装解除され戦闘能力を失つた。

 バルチック艦隊派遣の抑もの作戦上の動機が、同艦隊をウラジオストックに移し、同港を根拠地として日本海の制海権を把握し、日露戦争の最終局面での戦勢を挽回するといふ点にあつたのだから、その点ではロシア側の作戦目的達成度はほぼ零であつた。それだけにこの海戦での日本側の勝利は世界海戦史上未曾有の完勝であると評価されたし、国民大衆にとつて解り易かつたのはロシア側の沈没艦艇が戦艦四隻を含む十九隻であつたのに対し、日本側の損失は水雷艇三隻のみ、といふ数字に表れた勝負の大差であつた。

 この空前の大勝利によつて東郷提督の名は世界海軍史上に不滅の名聲を確立し、ロシア帝国の圧制に悩んでゐた周縁国のフィンランドやトルコに於いてトーゴーの名はまさに人口に膾炙する民衆的敬愛の対象となつたこと周知の通りである。

<名指揮官の普遍的条件を備える>

 扨てそこで一の難問が生ずる。凡そ敗戦の原因は、同様の失敗を将来繰返す事のない様に、との大義名分から、戦史家達の真剣な研究の対象となる。大東亜戦争の全体についてはもちろんの事、個々の局地的戦闘の敗因についてもその検証・批判・反省の研究成果は詳密精細を極め、その分量も汗牛充棟の趣きがある。然し、勝利の原因は、終り良ければ全て宜しの心理が働いて、周到な分析を施される事もなく、勝ち戦は讃美と称揚の物語だけに終つてしまふといふ事例が多い様である。

 それと同じ伝で、あれだけの大勝利を実現し、時のアメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトを興奮感嘆せしめ、結果として日露間の講和条約具体化に大きな役割を果した聯合艦隊司令長官東郷大将についてはとかく讚称の辞のみが取交され、「なぜあれほどの大差の勝利を博し得たのか」に関する分析は手薄になりがちである。それはそれでよいとも思はれるのだが、翻つて、大東亜戦争時には日本海軍の兵備は日露戦争当時と比べて飛躍的な充実を遂げてゐたのに、何故にバルチック艦隊の撃滅に匹敵するほどの大勝利の戦績がなかつたのか、といつた疑問を考へる時、改めて東郷の戦闘指導力はどんなものであつたのか、といふ問が浮上して来る。

 その力量を測る尺度は特別なものを考へる必要は全く無く、古今東西の全ての指揮官に共通のもので、即ち戦勢の判断力と部下全員の気持を把握する統率力である。前者については、東郷の場合、バルチック艦隊が日本列島の東方を迂回して北方から日本海に入るか、それとも朝鮮海峡乃至対馬海峡を通るか、が作戦準備の重大な岐路になる。その判断を決定する要素は、アジアの海域に入つて来てからのロシア艦隊の動静についての諸所の寄港地から得られる「情報」である。その情報の貴重さを東郷の司令部はよく知つてゐた。その情報の分析によつて東郷は敵艦隊は対馬海峡に来るとの最終判断を下した。後者、統率力については、司令部の集団的叡智の問題といふよりやはり東郷といふ一人の人物の真価が問はれる部分である。これにも幾つかの要素があるが、重要さの順位を問はずに考へてゆけば、一に秀れた人材を登用し活用する知見と度量である。日本海での戦術上の奏功については名参謀秋山真之の功績は既に史上十分に評価が寄せられてゐる。而して秋山の様な圭角ある秀才にして、おそらく扱ひにくかつたであらう抜群の頭脳に、その十全の力を発揮せしめることができたのは、最髙首脳たる東郷の人間としての器量の大きさと見るべきであらう。

<全軍の士気を高める豪胆沈着>

 統率力の卓越を、それを受ける側から見れば、部下の将卒が指揮官に寄せる信頼の厚さである。東郷は、初瀬・八島両戦艦の触雷沈没といふ悲報に接した時にも、何らの動揺の色を顔に表さなかつた。さうした豪胆沈着は、必ず直近の周囲から末端の兵卒の一人々々にまで伝はるものである。それが端的に全軍の士氣の髙揚の基盤となる。

 胆力のみならず、東郷の知識・教養の深髙なる事も隊員の寄せる信頼の醸成に与る所が大きい。東郷は二十三歳でイギリスに留学してゐるが、エリート士官養成の学校課程を経たのではなく、語学研修の後は商船学校の練習船や海軍の巡洋艦に乗組んで実地の訓練を積んだ。そのために操艦の技術や海洋公法についての正確な知識を有してゐた。だから明治二十六年、アメリカのハワイ併合謀略が惹起したクーデタ=政変の際にも浪速艦の艦長として日本人居留民保護のために二月から五月までハワイに赴いたのだが、それは国際法の範囲内で一軍艦にどの程度までの外交的行動をとれるか、東郷にはその心得があつたからである。

 翌二十七年日清戦争の劈頭、豊島沖でイギリス商船高陞号を撃沈した有名な事件の際にも東郷の国際公法に基づいての弁明は立派に国際社会の認める所となり、知将としての東郷の名を髙からしめる一因となつた。かうした事例は、麾下の将兵に対し、この勇将の下でならば安心して戦へる、如何なる命令が下らうと只管それに従つて戦へばよいのだ、との信頼を醸成する重要な条件となる。戦時国際法の正確な知識は、日本海々戦の大詰でも大いにその面目を発揮した。会戦の大勢は既に決してゐた終幕の場面で、砲撃を止めて白旗を掲げ、降伏の意を表した一敵艦に対し、旗艦三笠はなほ砲撃中止を命じなかつた。秋山参謀が相手方の降伏表明を注意した所、東郷は、あの艦はなほ前進を続けてゐる、機関を停めてゐない、あれは国際法上の降伏にはならない、とて攻撃の手を緩めさせない、さういふ事があつた。

 この事例は、実は戦時海洋国際法の知識よりも更に重要な、東郷の指揮官としての必須の素質を表してゐる。それは徹底した「戦意」である。

 日本海々戦の完勝の最大の勝機はこの戦闘の意志の徹底性にあり、それは明らかに司令長官東郷といふ軍人の素質に由来するものである。戦闘海域への出陣を告げる司令部からの電報〈敵艦見ユトノ警報ニ接シ聯合艦隊ハ直チニ出動コレヲ撃滅セントス〉の一文は、秋山真之がその後にほんの一筆付加へた〈本日天氣晴朗ナレドモ波髙シ〉の一句により「秋山文学」の名聲を弥が上にも髙めるものになつたが、その真の面目はやはり〈コレヲ撃滅セントス〉といふ熾烈な戦意の表明に在る。

 此も亦米大統領を感嘆させた「聯合艦隊解散の辞」は現在海上自衛隊舞鶴地方総監部に在る旧鎮守府長官公邸の東郷記念室に、その感動的英訳文全文と共に掲示してある。その全文の要約が「勝つて兜の緒を締めよ」の一句にあることも既に周知の話であるが、我々がここに読み取るのは、勝者の謙虚さといふよりはむしろ戦意の徹底性なのだ。我が隊の作戦上の任務は斯々然々の線まででよし、これで義理は果たしたといふのが昭和の官僚的軍人の格率だつたとすれば、〈皇国ノ興廃此ノ一戦ニアリ〉と昂然言ひ放つ氣概、戦ひ終つてなほ鬱勃たるその闘志こそが、東郷の最強の指揮官たるの所以であつた。」


東郷平八郎元帥は、日本が世界に誇る名提督ですが、この前、日清戦争時の1894年7月25日の豊島沖海戦の際に、日本海軍の防護巡洋艦「浪速」が、清国兵約1200名を輸送中のイギリス船籍汽船「高陞号」(英国商船旗を掲揚)と遭遇し、東郷平八郎艦長は国際法上の手続きを経た後に同船を撃沈した(高陞号事件)のことを調べた際に、山川の歴史教科書・用語集や高校・大学受験の有名学習参考書には、一切、このことが載っていないのに驚きました。書いてあるのは日本がいかに悪かったかということだけで、日本が良いことをしたことは、全く載っていませんでした。成程、これでは、日本の子供たちの歴史認識が歪んでしまうのも仕方ないなと思いました。

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